関根勤さんとはコンビだった?小堺一機さんの昔と今|爆買い☆スター恩返し

テレビ番組
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本日は、人懐っこい笑顔と金髪がトレードマークの小堺一機さんにフォーカスしました!
私の世代の小堺さんのイメージといえば、それはもう、フジテレビのご長寿トーク番組「ごきげんよう」の司会で、長年お昼の顔だったことですね!

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子供の頃は、「笑っていいとも」と「ごきげんよう」をセットで観るのが定番でしたね。

私の頃は、すでに大御所でいらっしゃったので、あまり若手時代を知らず、そして「ごきげんよう」終了後、現在はどんな活動をされているのかなど、昔と今が気になって、色々と調べてみました!

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小堺一機さんのプロフィール

名前:小堺 一機 (こさかい かずき) さん ※本名も同様
生年月日:1956年1月3日
出身:千葉県市川市
職業:お笑いタレント / コメディアン / 司会者 / 俳優
事務所:浅井企画
同期:ルー大柴 / 所ジョージ / 村上ショージ / ラサール石井 / 松本竜助

2023年現在で67歳でいらっしゃいます!
いやしかし、勝手なイメージですが、絶対怒らなそうな、大変温和な印象があるお顔ですね。

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「ごきげんよう」を観ていたときは、「ひょうきんな、気のいいおじさん」という感じだったように記憶しています。

46年(※2023年現在)にも及ぶ長い芸歴の小堺さんですが、若手時代はどのようなものだったのでしょうか?

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芸能界に入るきっかけ

1977年、TBSの情報バラエディ番組「きんざNOW!」の中の「素人コメディアン道場」というコーナーに出演、見事チャンピオンに輝いたことが芸能界入りのきっかけだそうです。

この「ぎんざNOW!」という番組、小堺さんのみならず、数々のお笑いタレントやミュージシャンが無名、素人時代に出演していた番組としてもよく知られています!

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ちなみに、この「素人コメディアン道場」の初代チャンピオンは関根勤さんです 驚!(小堺さんは17代チャンピオン)

その後、現在も所属されている浅井企画と契約し、本格的な活動を開始されます。

そして、小堺さんが浅井企画に所属する前から、すでに長年の親友だった関根勤さんと一緒に、人気を獲得していきます。

コサキン時代

コサキン(Kosakin)は、浅井企画の先輩・後輩で親友同士でもあるお笑いタレントの関根勤と小堺一機がコンビで活動する際の名称、および2人がパーソナリティを務めた一連のラジオ番組の総称である。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/コサキン
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小堺さんの”コサ”と関根さんの名前の「勤」で”キン”。
もともと、関根さんは1983年まで「ラビット関根」という芸名で活動されていたため、それまでは「コサラビ」でした。

コサキンというコンビ名は有名だと思いますが、実は、正式にはコンビではありませんでした!
あくまで、「小堺一機」と「関根勤」という個人で、一緒にお仕事をするときは「コサキン」という名称を使用するようにされていたそうです。

事務所は2人をコンビで売り出そうと考えていたそうですが、お二人はあくまで目標は個人でのタレント活動だったため、コンビでの活動を断ったそうです。
すでに中のいい親友とコンビ活動なんて楽しそう!とか思ってしまいますが、お二人の目標に対する思いは硬かったんですね!

結成当初は、下北沢のライブハウスでコントライブを行ったり、地道な活動をされていたお二人、TBSラジオで「夜はともだち コサラビ絶好調!」という冠番組がスタートしてから徐々に人気が増していくようになりました。

その後、テレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!」で「クロ子とグレ子」としてミニコーナーを担当するようになり、この頃には知名度が一気に上昇します。
(私も、世代ではないものの、「クロ子とグレ子」という名前は知っていました!)

そして、1987年に始まった初の冠番組「コサキン勝手にごっこ」によって、「コサキン」の知名度は全国規模となるのです。

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32年続くお昼の顔へ

人気が出てきた頃、1984年から、フジテレビで「ライオンのいただきます」というトークバラエティ番組がスタートします。
そう、お察しの通り、後の「ライオンのごきげんよう」ですね!「いただきます」→「ごきげんよう」ってなんか洒落てます。

この「いただきます」は、毎回”おばさま”たちをゲストに迎え、お悩み相談やハガキトークを繰り広げていたそうで、ゲスト紹介後には、小堺さんが「今日のおばさん◯人合わせて△△歳!」と、今の時代だとうっかり炎上しそうな発表を行っていたそうです 笑

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「エロガッパ」という流行語もこの「いただきます」から生まれたそうで、お昼の番組にしてはなかなかドギツい放送内容でもあったようですね 笑

そこから、5年後の1989年、”おばさま”ゲストを”おじさま”ゲストに変更した「ライオンのいただきますⅡ」がスタート。
1990年にクイズ中心の番組にリニューアルをした後、6年3ヶ月で「いただきます」は終了します。

その後、1991年からいよいよ「ライオンのごきげんよう」がスタート!
「ごきげんよう」の内容はご存知の方も多いと思いますが、トークテーマが書かれたサイコロをゲストが振り、出た目のテーマに沿ってトークをしていくというもの。

子供の頃の私は非常に食いしん坊だったので、トークよりも番組冒頭のお土産タイムが大好きでした 笑
ゲストが持ち寄っためちゃくちゃ美味しそうなお土産をみんなで食べるんですよね。
いつも「食べたいな~~おいしそうだなぁ~~~」って観てました。

「ごきげんよう」は実に25年3ヶ月の長きに渡りお昼の定番番組として放送され、遂に2016年に終焉を迎えます。
「いただきます」から数えると、小堺さんは31年6ヶ月もの間、お昼の顔であり続けました。

凄いことですよね。 番組スタートと同時に生まれた赤ちゃんが、三十路を超えるまで続いたということです。
小堺さんも、「いただきます」開始時点で28歳、「ごきげんよう」終了時点で60歳の還暦です!
本当に長い間、お昼のお茶の間に楽しい時間を届け続けられたんですね。

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「ごきげんよう」終了後

さて、32年間のお昼の顔という大役を無事終えた小堺さん、その後はどんな番組に出られているのでしょうか。
実は、「ごきげんよう」終了と同年の2016年、今度は”夕方の顔”として「かたらふ〜ぼくたちのスタア〜」というトーク番組がスタート!

いやぁ~エネルギッシュすぎますて 笑
こちらの番組は2017年まで72回放送され、レギュラー番組としては終了しています。

芸能界で活躍した「偉大な伝説の人物」についてゲストの著名人とともに居酒屋で語り合うとの設定で放送された。

引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/かたらふ〜ぼくたちのスタア〜

トークの場所を居酒屋に移したんですね!
レギュラー番組としては終了しているものの、以降は特別番組として不定期に放送されています。

俳優「小堺一機」

小堺さんは俳優としても数々のドラマ、映画、舞台に出演されています。
私がとても印象に残っているのは、「古畑任三郎」に出演されていた回です!
「矛盾だらけの死体」という回で、政治家の秘書という役どころでした。

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「孤独のグルメ」(テレビ東京)、「ドクターX」(テレビ朝日)や「女神の教室」(フジテレビ)など、近年のドラマにも精力的に出演されています!

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トレードマークの金髪誕生はいつ?

「小堺さん = 金髪」というイメージが完全に定着していますが、いつからだったっけ?と調べると…。

2004年に首に腫瘍ができ、その摘出手術のため、レギュラー番組を一時的に降板した時期がありました。
その後、その腫瘍が実は「がん」であったことが分かり、罹患していることを公表されます。

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もちろん、無事復帰を果たされるわけですが、その時に髪を白く染めて登場されたのが始まり!
それ以降は金髪がおなじみとなったんですが、現在は自然な白髪でいらっしゃるんだそうです。
(きれいな色なので、染めてると思ってました!)

まとめ

いかがでしたでしょうか!
若い頃に関根さんと即興でコントをやってから、その実力とセンスに注目され、コサキンとして人気者になり、その後大変長い間お昼の顔となった小堺さん。

2023年現在67歳でいらっしゃる小堺さん、今後はのんびり過ごしてほしいと勝手に思いつつ、同じく現在も現役バリバリの親友、関根さんとともに、コサキンとしても笑いを届け続けてほしいとも思ってしまいます!

ぽー
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今後もエンターテイナーとしての活躍に期待です!!

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